ホンダのバイクは世界一

日本初のオートバイ

日本初?

日本でのオートバイの歴史は意外と古いんです。
記録に残る1番古いオートバイは1898年、紫義彦が製作したものになります。
このバイクは外国産の部品だったようです。
この時代の日本には部品から作るだけの技術力がありませんでした。

初の国産オートバイは1909年に島津楢蔵が製作しました。
NS号というオートバイです。
島津楢蔵自身が1908年に開発したエンジンを載せたオートバイでした。
現存していないのが残念です。

その後、1933年に販売された宮田製作所のアサヒ号A型は日本初の量産型オートバイです。
この当時の人気オートバイは小型バイクのアサヒ号A型、そして大型といえば陸王でした。
陸王はハーレーダビットソンの輸入をしていた会社がハーレー本社から正式なライセンスを得て製造を開始した日本版ハーレーダビットソンです。
無許可で模倣品を販売していたわけではありません。

そして第二次世界大戦を経て終戦後、何もかもが不足した日本で必要とされたのがオートバイです。
オートバイやスクーターは高価で購入が難しかった時代でした。
そのため、需要が集中したのはバイクモーターと呼ばれた自転車用補助動力だったのです。

戦後、自転車用補助動力は爆発的に需要が高まり、新規参入する会社も少なくはありませんでした。
そんな中に本田技研工業が登場したのです。

ホンダの原動機付自転車

ホンダの発祥の地は浜松です。
1948年9月に本田技研工業は誕生しました。

ホンダの原動機付自転車はこの浜松で開発されました。
その浜松で本田宗一郎は陸軍の使っていた無線用のエンジンを改良した原動機付自転車を開発、本田技術研究所を設立しました。

ドリーム号D型とカブF型

ホンダ初の本格的モータサイクル『ドリーム号D型』です。
1949年に登場しました。
ホンダのバイクの累計生産台数はこのドリーム号D型から数えられています。

ドリーム号D型は、今この瞬間にお店で売られていても違和感のないデザイン、普通に売っていそうなデザインです。
素敵なマルーンカラー(栗色)は、オートバイは黒という時代には画期的なカラーでした。

そして世界のカブ、1952年です。
白いタンクに赤いエンジンカバー、パッと見は自転車ですね。
それもそのはず、カブF型は自転車に取り付けるエンジンとタンクの「原動機付自転車キット」です。

このカブF型は全国のカブF型を取り扱っているバイク店、自転車店での注文販売でした。
まず、注文するとカブF型が届きます。
それを自分で取り付けるか、取り扱い店で取り付けてもらうかでした。

カブF型には自分で取り付けるための挿絵付きの説明書も付いていました。
説明書での取り付け所要時間は25分とあります。
エンジンの重さは6キロなので、自分で取り付けられない重さではありません。
ヘッドライトも付いて、当時の価格で2500円であったといいます。

カブは現在でも見かける超有名バイクです。
販売開始当初から爆発的な人気で、当時のバイク業界の生産数のうち70%がこのカブF型だった時期もあるそうです。

日本には日本のオートバイ

紫義彦の時代から現代まで様々なオートバイが開発されてきました。
長い時間の中で現代まで残っているものもあれば、消えてしまったものもあります。
現代まで残っているオートバイは日本の風土、日本人の気質に合っているからこそ残ったのでしょう。

そしてオートバイはそれを作る人間の歴史でもあります。
日本で初めてオートバイがつくられてから現代まで続くオートバイの歴史、それはそのままオートバイにかける熱意の歴史なのです。